公認会計士・税理士 小柴学司 (リオ税理士法人)
中小企業のM&A仲介をして22年目になりますが、その間に300社ほどの企業評価をさせていただきました。そのうち9割以上がM&A用の企業評価なので、実践的な企業評価をする機会に恵まれたと思います。
一般的に企業評価の目的は、大きく分けて次の4つですが、大企業が中心となる「会計上の企業評価」を除いた3つの企業評価について、日頃感じている問題点等を書かせていただきます。
- 税務上の企業評価
- M&A用の企業評価
- 裁判上の企業評価
- 会計上の企業評価
税務上の企業評価について
税務上の企業評価においても時価(実際の株価)は大原則とされていますが、多くの税理士や社長は時価を知りうる立場にありません。そこで、税務上は、企業評価の公平性と安全性(評価が高すぎてはいけないという考え方)が重要になります。この2点について、問題が大きくなるのは、営業力があるオーナー社長が急に亡くなった際の企業評価です。一般的に経営能力(特に営業力)の高いオーナー社長が亡くなった場合、業績は悪化します。各種調査機関のデータによると約70%の企業に後継者がいません。これは、オーナー社長が亡くなった場合、後継者がおらず倒産するケースや、本来は、後を継ぎたくない子供らが仕方なく次期社長になり、業績を悪化させるケースがあることを意味します。
オーナー社長が急に亡くなった場合は、良い業績を反映した相続発生前の決算数字だけではなく、相続発生後の悪い決算数字も加味する必要があると思います。相続発生後、赤字が続くようなケースでは、倒産リスクが高まるので、相続税法上の企業評価と時価が乖離することとなり、救済措置として、更正の請求(払いすぎの税金の還付)ができるようにすべきと考えます。
また、相続発生後(例えば3年以内)にM&A(株式譲渡)が行われた場合、相続税法上の企業評価と売買代金(=時価)が著しく乖離する場合は、実際の売買代金で相続税を再計算する救済措置も必要だと思います。
赤字企業であれば、マイナスの営業権という考え方も必要です。上場会社でも株価が時価純資産価額以下(PBR1倍以下)になっている場合が多いので、非上場企業についてもマイナスの営業権を考慮した企業評価も必要であると考えます。
また、従業員退職給付引当金の計上は税務上認められていませんが、企業にとって、確定した従業員退職給付であれば負債なので、この引当金の計上を認めるべきです。
M&A用の企業評価について
私は、売り手と買い手が最も納得しやすい企業評価方法ということで「時価純資産価額+営業権」を採用しています。因みに売り手と買い手で意見が異なる場合が多いのは、営業権・棚卸資産・不動産です。よって、この3つについては、特に充分な説明が必要です。
営業権は、税務上の財産評価基本通達165の計算式をM&A用に修正して採用しています。※①
単純にいうと役員報酬等を業界平均に修正した後の経常利益(私は「標準経常利益」と呼んでいます)の2~3年分を営業権とすることが多いです。
棚卸資産は、仕入時期等で分類し、低めの評価にするとトラブルが起きにくくなり、不動産は、路線価や固定資産税評価額等の公的評価を基準にするとトラブルが起きにくくなります。
M&A用の企業評価では、実際の売買代金(=時価)に近い金額を算出する必要があります。つまり「この評価額で買収してくれる買い手が見つかるでしょう」ということですが、私は自分でM&A仲介をしているので、「この評価額で買収してくれる買い手を見つけてみせる」という営業的な判断も加わります。
M&A仲介者は、買い手に対し、売り手の「最先端の技術力」「業界のシェアNo1」「売上が右肩上がり」等をアピールしますが、最も説得力があり、買い手が重視するのが「儲かっている」ことです。買収資金を何年で回収できるかという判断も重要です。よって、評価人は、買い手の社長と同じような経営感覚を持つ必要があります。
裁判上の企業評価について
下記参考文献の「株式等鑑定評価マニュアルQ&A」※②に多くの判例が記載されていますが、色々な評価方法を併用し、各評価結果を加重平均したものが多くみられます。色々な評価方法を併用することは、評価人や裁判官の安心感に繋がるのかもしれませんが、違う種類のものを併用することの説明がつきません。
各評価結果を加重平均することも説明がつかないので、こういうお茶を濁すような企業評価は止めるべきです。
中には、(純資産方式・類似業種比準方式・収益還元方式・配当還元方式の加重平均)という意味不明のものもあります。それを判決で採用した裁判官は、企業評価の本質を分かっていないと思います。
各評価結果を4:3:2:1で加重平均するというような評価方法を見た際は、料理の味付けを思い出し、鰹だし4:醤油3:砂糖2:塩1で、味を整えているだけ?と考えてしまいます。
「各評価結果を加重平均したら、バランスが良くなり、文句がつけにくいかも?」という考えは間違いです。
企業評価に関する裁判で最も大事なことは、公平な企業評価であるという点ですが、当事者にも分かりやすくて納得しやすいという点も重要です。
そのためには、「時価純資産価額+営業権」のようなシンプルな企業評価方法が好ましいと思います。
おわりに
「感動」は、感じれば動くと書きますが、人は理屈だけでは、なかなか動かず納得してくれません。企業評価は、単純な計算結果ではなく、当事者に納得していただける説明ができ、その会社の特殊性や業界毎の特徴を考慮してこそ、説得力のある血の通った企業評価になると思います。
(参考文献)
- ※①「事例でみる事業承継の実務―士業間連携と対応ポイント―」小柴学司共著(新日本法規)」の実践的企業評価(205~206ページ)参照
- ※②「株式等鑑定評価マニュアルQ&A」(日本公認会計士協会 経営研究調査会編 商事法務研究会 平成7年9月発行)
執筆者ご紹介
公認会計士・税理士 小柴学司(こしば・がくじ)
M&A仲介を20年ほど専門にしており、仲介実績は100件ほどです。M&A用の企業評価は300件ほどの実績です。
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