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中小企業向け「賃上げ促進税制」の強化/税理士福岡裕次

今回ご紹介する「賃上げ促進税制」は約 10 年前にデフレ脱却のために創設された制度です。幾度かの改正を経て令和 6 年度の税制改正で 3 年間の適用期限の延長が行われました。今般、物価高に負けない構造的・持続的な賃上げの動きをより多く国民に広げ、効果を深めるための見直しも行われました。

今般の中小企業向けの同制度の改正では、赤字企業においても賃上げインセンティブとなるよう、新たに繰越控除の措置が認められました。中小企業も社会構造変化に対応する必要があり、人材投資や女性や子育て世代が働きやすい職場づくりを中小企業に促すため各種控除額の上乗せ措置も拡充されています。

1 人でも多くの経営者様が本稿をお読みいただき、貴社における戦略的な本制度の活用と貴社経営改善の両立につなげて頂ければ幸いです。

Ⅰ従前制度の概要と課題

1 従前の適用要件(概要)

  • 国内雇用者*1 に対して給与等*2 を支払う青色申告の中小企業(個人・法人)を対象とした制度です。
  • 前期比での給与増加率が 1.5%以上*3 となる場合に、雇用者給与等増加額(調整雇用者給与等支給増加額を上限とする)の 15%相当を、当期の法人税(所得税)から控除することができます。給与等の増加割合が 2.5%以上増加する場合は更に 15%の上乗せ措置が認められています。
  • 上記控除のいずれかが受けられる場合、教育訓練費を前期比で 10%以上増加させる場合は、控除割合が更に 10%引き上げられます。
  • 法人税の 20%が控除額の上限になります。なお、限度を超過する分は翌年度以降に繰り越すことができませんでした。
  • 現制度は、令和 6 年 3 月 31 日までに開始する事業年度が対象となります。個人事業主の場合は令和 6 年分までの確定申告が対象になります。

2 用語の説明

 上の用語について簡単に説明をさせて頂きます。改正後も用語に変更はございません。

*1(国内雇用者) その法人又は個人事業主の国内に所在する事業所につき作成された賃金台帳に記載された者を指します。パート、アルバイト、日雇い労働者を含みますが、役員や個人事業主の特殊関係者(いわゆるご家族)や、使用人兼務役員は含みません。

*2(給与等) 名称の如何に関わらず所得税法 28 条 1 項に定める給与(賞与を含みます)のことを指し、退職金は含まないものとされています。賃金台帳に記載された金額を集計してもよく、継続適用が前提になりますが給与課税されない通勤手当を含めて計算することも認められます。

*3(給与等増加率)参考:適用可能な場合

 

 

*4(雇用者給与等支給額) その事業年度の決算で費用処理が認められる給与等の額を言います。全ての国内雇用者に対する給与等が対象ですが、出向負担金を受け取る場合の負担金や、雇用調整助成金以外の一定の補助金・助成金を除きます。

*5(比較雇用者給与等支給額) 適用事業年度の前事業年度における雇用者給与等支給額をいいます。

3 従前制度の課題

この制度の適用が受けられるのは、法人税や所得税が払えるだけの黒字(課税所得がある)中小企業だけでした。従業員の給与等を前年度より増加させたとしても、業績の厳しい中小企業では税額控除が受けられない又は控除額の一部が切り捨てられました。私見になりますが、足元の業績が厳しい中小企業にとっては、賃上げの効果が税額控除に反映できない点で、インセンティブに乏しい税制だったといえましょう。

Ⅱ令和 6 年度の改正点の概要

令和 6 年度の税制改正においても従前の 2.5%の上乗せ措置が継続し、給与等増加率が前期比で 2.5%以上を達成できれば、給与等増加額の 30%相当を法人税から控除することができます。一事業年度での控除の上限は法人税(所得税)の 20%相当となります。

 

改正されたポイントは大きく3点になり、下記①及び②上乗せ措置拡充と③の繰越措置の創設により、中小企業において同制度による税額控除の機会が格段に増えると考えられます。

  • ① 教育訓練費の増加割合が 5%以上でかつ給与等の額の 0.05%以上の支出があれば、教育訓練費の上乗せ措置が受けられることとされます(給与等増加額の 10%の上乗措置)。
  • ② 女性活躍・子育支援のための上乗せ要件も独立して適用が受けられることになりました(別途公的認定「プラチナくるみん」「プラチナえるぼし」等で 5%の上乗措置)。
  • ③ 税額控除の対象金額が控除しきれなかった場合、控除未済額を一定要件の下で最大 5 年間繰り越すことが認められました。これにより、足元で十分な所得(利益)が稼げていない中小企業も、将来の法人税(所得税)から税額控除を受ける機会を確保することができるようになりました。ただし、前期比で給与等が増加していない事業年度は法人税を納める場合であってもその年度での控除ができない点にご留意ください。

改正後は、下図の通り給与等の増加率が 1.5%以上 2.5%未満の場合は、15%の控除を基本とし①と②の控除率の加算により、最大で給与等の増加額の 30%の控除が可能となります。給与等の増加率が 2.5%以上で、基本 15%の控除に上乗せ 15%で 30%の控除が可能となり、①と②の控除率の加算が取れれば、最大で給与等の増加額の 45%の控除が可能となります。

(控除率上乗せの概要)

  • 前期比での給与等の増加率が1.5%以上 ・・・ 基本15%控除(2.5%以上は+15%)
  • 教育訓練費が前期比で5%増加かつ給与等の0.05%以上  ・・・ +10%(上乗せ①)
  • 子育て支援や女性活用の公的認定(プラチナくるみん認定や、プラチナえるぼし認定)などを受けている事業主  ・・・ +5%(上乗せ②)

3 繰越措置の概要と計算イメージ(概要の説明)

(概要の説明)

生産性向上を図るため積極的に賃上げや人材投資を行う場合、どうしても赤字が先行してしまうことがあります。この場合でも下記の通り控除額の繰り越しが認められることで、将来的に税の恩典が受けられる機会が拡がります。

  • ① 法人税を納めない事業年度でも給与増加等の要件を満たす場合は、控除対象額を最大5 事業年度、未控除額として繰り越すことができます。
  • ② 翌期以降、前期比で給与等が増加する場合に法人税の 20%を限度として控除することができます。各年度で競合する場合は最も古い年度から順次控除を行います。
  • ③ 未控除額の繰越と翌期以降の税額控除は原則として確定申告書に明細書(専用の計算フォーム)の添付が必要で、添付が無ければ翌期以降の控除が認められません。

(計算イメージ)

■令和 7 年 3 月期 説明

前期比の給与増加 1,000(2.5%以上)を達成できたとしても、赤字で法人税額が生じなかったためこの年度では控除は受けられません。控除ができなかった部分(未控除額)は、申告書に明細書を添付することで、未控除額を最長で 5 事業年度(R12 年 3 月期)繰り越すことができます。

 

■令和 8 年 3 月期 説明

この期は、法人税は納めていますが、前期比給与が減少していますから、税額控除の対象も未控除額の控除もありませんでした。申告書に明細を添付して未控除額を繰り越すことになります。

 

■令和 9 年 3 月期 説明

この期は、給与が 2.5%以上増加しましたので控除対象額(10,400-9,900)×40%=200が新たに発生しました。法人税が 1,000 発生し 20%相当の 200 を限度として控除することができます。未控除額と控除対象額が競合する場合は、最も古い令和 7 年 3 月期の未控除額 400 の内 200 を控除対象として先に法人税から控除します。

 

■令和 10 年 3 月期 説明

令和 9 年 3 月 31 日開始事業年度までで控除対象額の計算は終了しています。仮に給与等が 1.5%以上増加したとしても新たな控除対象は計算できません。過年度の未控除額については、この期の法人税 2,000 に対し 20%相当の 400 の控除限度額が利用できますので、令和 7 年 3 月期、令和 9 年 3 月期の未控除額を全て控除することになります。

Ⅲ本税制と当窓口の活用について

今回は令和 6 年度改正の「中小企業向けの賃上げ促進税制」をご紹介させていただきました。今回改正された賃上げ促進税制では、人材投資や女性活用に取り組む中小企業への上乗せ措置の拡充と、未控除額の繰越が認められています。人材難をはじめ厳しい経営環境下にある中小企業であればこそ、戦略的視点をもって生産性向上につながる人材投資や人事制度改革に取り組んでいくことが必要ではないでしょうか。結果、数年後の税額控除の適用により、貴社の決断と実行の成果をより効果的に享受できることでしょう。

 

なお、本稿では一般的な制度紹介をさせて頂きました。本制度の各要件の確認の他、適用に必要な情報整理、確定申告書での具体的計算については顧問税理士等の専門家に委嘱し又は助言を受け、貴社の責任の下で進めるようにしてください。

 

 

神戸商工会議所所属の士業有志で立ち上げた「こうべ企業の窓口」には、当職を含め複数士業が連携し、様々な企業様をサポートしております。目下、中小企業においても給与体系、従業員教育制度、女性活用や子育支援など人事制度全般の見直しによって待遇面を改善し、生産性を高めていくことが肝要と考えます。生産性向上と人事制度見直しを両立させるうえでは社会保険労務士や中小企業診断士の助言も大変参考になると思います。当職に限らず当窓口に在籍する公認会計士及び税理士は関連する各士業と連携して中小企業の経営者様のお困りごとに対応できるでしょう。まずはお気軽に当窓口までご相談ください。

参考文献

  • 「令和 6 年度税制改正の解説」(財務省主税局 2024.7 公表)
  •  「中小企業向け賃上げ促進税制ご利用ガイドブック」(経済産業省 2024.9 更新)

執筆者ご紹介

税理士 福岡裕次(ふくおか・ゆうじ)

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  1. 決算・申告業務(個人・法人)
  2. 医療・福祉関係の決算・申告
  3. 組織再編税制(主に国内)

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